うまくやってよ

みなさまこんにちは、そしてお久しぶりです おかともです

noteにたくさんたくさん文章を投稿していた頃から、もう半年も経ってしまいました

5月からまとまった文章を書いていなかったのですね


去年から3回観た とても大好きになった作品について書き残しておきたいと思い

久しぶりにキーボードを叩きます。

あまり多くの映画を観てきたわけではないけれど、何となく私が好きな邦画は

寓話としての世界を愛せる映画と 

夢のようなリアルな世界を愛せる映画の2種類だと思っていて。

これはおかともの中での基準だけれど

この映画は後者のような気がしました。

 『ブルーアワーにぶっ飛ばす』

この夏帆さんの不貞腐れた顔が私はとても好きです

この作品は ラストまで概観すると極めて寓話チックだけれど 

どうしても生々しさが拭えない、そんな作品です。


まず 内容云々について書く前に、脇を固めるキャストが最高だったことから書いておこうかな。

犬の絵文字を送ってくるユースケ・サンタマリアさんも

サマーナイトタウンを歌う伊藤沙莉さんも

ここ最近観る映画見る映画に出てくる渡辺大知さんも

全員まじで愛おしすぎました・・・これは本当に見てほしい

そして、映画館で2回目を観終わってからやっと 

夏帆さん演じる砂田とシム・ウンギョンさん演じる清浦の2人が、イマジナリーフレンド(のような関係性)であることの意味に気づき

冒頭や合間合間に挟まれるシーンの意味がわかったような気がしました。


砂田の気持ちは私も今までの人生で何度か感じたことがあって 

それがきちんと映像の中に在って良かった。

私を好きになってくれる人のことがあんまり好きではないところも

面白くないのにヘラヘラ笑って 「かわいいって言われるかもしれないけど それブスだかんね」と言われてしまうところも

田舎から都会に出てきて 自分の帰るべき場所のようなところが分からずに 今自分はどっちの人間なんだろうと思うところも


自分の中にある不安定さと余裕のなさを隠すように 

「クソ」と言ったり書いたりして

靴紐は結ばずスニーカーの中に押し込む

そんな描写がとにかくとにかく、痛かったです。

ぬるま湯に浸かった反骨精神みたいなのが1番キツいのはもう十分、分かってるのに 

それでもそのぬるま湯に浸かってしまうような、居心地の悪さの描写がとても秀逸でした。

ほんとに何気ないシーンだけれど

そんな砂田が旦那(渡辺大知)に言う「よかったね」が めちゃくちゃ好きです。

そういう砂田と私のような人間の人格形成がもっぱら行われるのは生まれ育った場所で。

田舎の描写もま〜じキツくてゲラゲラ泣きました。ゲラゲラ

広場のヤンキーもカフェのヤンママも

実家の家族も、嫌いじゃないんだけどなぜか大好きでもない。


実家に帰ると 上手く話せなくなる、という描写があったのがとても良かったです。

砂田は「結婚して子供を産みたいなんて思わない」と言っていたけれど、

いつか私も誰かと家族になりたいなと思うのかな、と思いました。

いつか私も誰かの母になるのだろうか、と思ったけど 途方も無さすぎて考えられませんでした。


だからこそ南果歩さんの母親役がとにかく見てられなくて 

毎回観ながら目を逸らしていました。

(とにかくもう 演技が自然過ぎて 自分の母親を眺めているような感覚になってしまった)

テレビに向かって独り言を言う母親も

昔好きだった食べ物をいつまで経っても出してくる母親も

実家から帰る時はすこしだけ悲しそうな顔になる母親も

そういう姿を見て「親が老いているのだ」と実感することは、そのまま嫌悪として立ち現れてくるように思います。

その嫌悪が南果歩さんからも感じられて、ほんの少しだけ、南さんのことが嫌いになってしまいました。

劇中にはそんな田舎の居心地悪さと同時に

死も充満していました。


子供の頃 虫をを殺していたこと

犬を轢いた感覚があったこと

たぬき寝入りをして祖母の足の親指の爪を叩くこと

老人ホームで老いた祖母の手を触ること


老人ホームや病院を歩くときの あの息苦しさまで映像から伝わってきたときはちょっと「なんなんだ?この映画は?」となってしまいました。


砂田の祖母が言っていた

「一生懸命生きてるけど 何が一生懸命なんだろうね」

という言葉が全てだと思います。

生きていることにあまり意味はなく

「死にたい って思ってたけど 生きなきゃ」 と 砂田の母は言っていたけれど

今のわたしはそう思えません。

それでも、元気なのは今だけかもしれないから、会うのだと 

元気なうちに会うのだと、思いました。


「おはよう、おやすみ」という台詞が劇中に何度か出てきて。


“ブルーアワー”は明け方だから 

ねむる時間でも おきる時間でもあるからだな、と気がつきました。


1度目と2度目は映画館で観たけれど

3度目は家で観て。

休日、夕方まで眠ってそのまま眠れず日付が変わり、夜中の3時くらいから観始め

外が青くなって、おはようなのかおやすみなのか分からない時間帯に映画が終わって 

私もすこしだけ眠りました。


自分の嫌なところを本当に嫌なまま描いている映画だからこそ愛せる部分があるのだなと思ったし

やっぱりこういう感覚は、邦画だからこそ味わえるんだろうなと感じて

大好きになってしまいました。また劇場で観たいです。


映画チア部京都支部 岡本

映画チア部京都支部

関西のミニシアターの魅力を伝えるべく結成された、学生による学生のための宣伝隊〈映画チア部〉の京都支部です。2018年5月発足

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