ただ『アマデウス』について語りたい。



こんにちは。(ら)ことらつです。

いつものブログに書いているように、私の親は映画好きです。それもあってか

「興味あるのはもちろんだけど、名作といわれてるのはちゃんと観とこう」

というのが私の一つの考え方でした。


『アマデウス』もその一つで、特に興味も前情報もなく借りたものでした。

DVD両面にデータが入ってる今では希少なタイプで(もはやレンタルが希少説)、忙しさもあって前半だけ観て返すという暴挙にでる。

その時は「演技上手いなぁ」「共感できるなぁ」「名作的だなぁ」としか思ってなかったんですが、その後、やっぱり最後まで観なければと再びTSUTAYAでレンタルしました(←。後半は思ったより短く、これだったら最初に借りてきた時頑張って観た方が良かったと思うぐらいの長さ。


ですが、その後編によって『アマデウス』の私の中での価値が一変しました。



もうほんと映画にここまで興奮したのはいつぶりかわかりません。本当に尊さが冷め止みません。

いつもはまとまりや読みやすさを意識して長文という長文は避けているのですが、ここではお構いなしです。語りたいこと全部語り尽くすぐらいで行きます。すべては勢いです。

あ、でも、まとまり――というかテーマは欲しいのでいくつかの項目に分けてひたすらに『アマデウス』を語りつくしていきたいと思います!


  • ①はいつも通りの「予告編+短め解説(ネタバレなし)」なので、①だけ読むのもおすすめです!




①そもそも『アマデウス』ってどんな映画?(ネタバレ含みません)
②天才×凡人のキャラクター        (以降ネタバレ含みます!!!)
③呼吸を感じる演技力
④その煌びやかな世界観
⑤心臓を射抜かれた鎮魂歌〈レクイエム〉のシーン
⑥最後に







①そもそも『アマデウス』ってどんな映画?


『アマデウス』

 1984年 監督ミロス・フォアマン

「モーツァルト! 赦してくれ、君を殺したのは私だ!」―― ウィーンの街で自殺を図った老人サリエリは、運ばれた先の精神病院で、一人の神父にある話をする。それはかつて宮廷作曲長の地位についていたアントニオ・サリエリの、音楽に対する信仰と愛、そしてそこに現れたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの才能に対する嫉妬と苦悩の物語だった……。


*また良い感じの予告編が無くてこれですいません。


監督は『カッコーの巣の上で』でも有名なミロス・フォアマン監督。

カッコーと同じくこの作品も高い評価を得て、第57回アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、脚色賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ賞、録音賞の8部門を獲得しています。


「サリエリ」と「モーツァルト」というと、FGOしてる人なら知識がある人も多いのではないでしょうか?(私は途中で止めたので2人は持ってるけどストーリー未プレイです)

サリエリがモーツァルトに嫉妬を抱いて殺したという噂はそれなりに有名ですね。この映画もそれを元にした舞台を映画化したものだそうです。

「噂」なのにここまで有名になってしまって噂が事実になりそうで怖いし、ただの噂ならサリエリ先生は死後もモーツァルトに振り回されてることになりますね。かわいそう。


左)モーツァルト 右)サリエリ


なので、この映画もここから話すことも史実とは異なることが多いです。そもそもあくまで「噂」を元にした物語です。事実だと受け止めないようにお願いします(撮影裏話とかの誤情報とかがあれば私のミスです)。



そ!し!て!

ここからネタバレ・長文・語彙力の低下を含みます!

興味ない人はもっとためになる他のチア部員のブログを読みましょう!!






②天才×凡人のキャラクター



私が『アマデウス』にここまでドハマりした一番の理由がこれでした。

キャラクターが好みだったからです。


ところで皆さんはディズニーの『ノートルダムの鐘』を観たことがありますか? 私は映画音楽を聴くのが大好きで、この作品内の「Hell Fire」にめちゃくちゃハマってしまいました(今もずっと聴いてる)。アラン・メンケンすごい。

その「Hell Fire」を歌っていたのが『ノートルダムの鐘』の悪役的ポジションにいるフロロー。でまぁ見事にこのキャラクターにはまってしまったんですよね。アラン・メンケンすごい。

左)フロロー 右)アラン・メンケン


原作が脚色されすぎててまだまだ知識不足なのですが、フロローの「愛する弟が遺したその弟とジプシーの間の子を育てることになった設定」が一番好きです。

(フロロー推しってすごく少数派な気がするんですが彼の魅力がわかる人います?)


そのフロローと今回の『アマデウス』のサリエリは、似てるところがあると思うんです。

「自分のものにならないなら滅ぼしてしまえ!」というところです(フロローの場合はエスラメルダ。サリエリの場合はモーツァルトの持っていた才能)。あと信仰心があるけれど葛藤するところ。

なので『アマデウス』を観たときに、サリエリ先生のキャラクターにやっぱりドハマりしました。

しかも彼は主人公ですよ! フロローと違って登場回数が多い! やったね!!


サリエリ(F・マーリー・エイブラハム)


ですがサリエリ先生はディズニー版フロローの様に悪役としては書かれていません。あくまで一人間として明確に描かれています。


熱心なカトリックで、真面目な努力家で、周りからも評判のいい宮廷作曲家のサリエリ。モーツァルトに嫉妬しているため、彼に対していじわるなこともします(まぁモーツァルトがとんでもないクズなとこもあるんですけど)。

ですが、お菓子が大好きでお菓子を目の前にしたら表情がぱぁっと明るくなるし(かわいい)、お菓子の説明をする時すごい楽しそうです(かわいい)。

信仰心ゆえに色々な欲を避けているんですが、ちょっと下ネタっぽいこと言ったりしますし、嫌っていてもモーツァルトのコンサートは必ず見にいきます(こっそりと)。

あとモーツァルトを暗殺する前段階に、彼に彼本人に向けた鎮魂歌の制作を依頼するという一興を企てるところも(もちろんモーツァルトはそれが自分の鎮魂歌になるとは聞いてない)。


そういうとこなんです。そういうとこがすごいギャップ萌えで、すごいんです。


(仮面舞踏会で正体を隠すために、そこにあった猫の仮面付けるんですけど、なんで猫という可愛いモチーフをチョイスしたんでしょうか。他にも選択肢あったと思うんだけど…。当時はそうだったんでしょうか。むすっとした顔のサリエリ先生には似合ってないんですよね。でもそこが、あー…すっごいかわいい……)


猫のマスク(画像これしかなかった)

 

もちろん、キャラクターの魅力はそれだけに尽きません。


  •  「宮廷作曲長」「真面目」「信仰心がある」アントニオ・サリエリ。
  •  「下品」「天真爛漫」「天才」ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。


はっきりとした凡人×天才のキャラクター。この関係性がものすごくいいんです!

上)モーツァルト(トム・ハルス) 下)サリエリ


この映画内でモーツァルトは無礼で下品な人物として書かれています(そういう説に基づいて)。


モーツァルトはサリエリが彼を迎えるために作ったマーチを勝手に編曲したり、影でサリエリをバカにしたりします。

元々彼に興味を抱いていたのに彼の性格に幻滅していたサリエリの怒りは、もちろん激増します(そりゃそうだ)。


けど、モーツァルトの才能だけは絶対本物でした。


初めて聞いた曲を聴いただけで覚えられる、譜面は頭の中ですでに出来上がっている……。サリエリは彼が嫌いなんですが、「彼が書いた楽譜」と言って楽譜を見せられると必ず見てすごく感動しているんです(後にも書きますがこの時の演技が本当に素晴らしい)。それにもう一回言いますが、彼が開いたコンサートにはいつもこっそりいます。

モーツァルト本人は大っ嫌いだけど(というか性に合わないんだと思う)、彼の持つ才能は自分が求めていたものそのものだった。

サリエリは、「神は私に神を称賛する音楽(才能の事だと思います)を与えず、代わりに彼にそれを与えた。そして私には誰よりもその音楽を理解する能力を与えた」と苦悩します。

物語の中で、誰よりもモーツァルトの音楽の良さを理解し、心から愛したのは他でもないサリエリだったのでしょう。そしてそれを本人も自覚していた。


……なんておいしい設定なんだ。

名ペアで有名なシャーロック&ワトソンみたいな仲良しで親友的な関係ではありませんが、この2人の関係性はそれに並ぶほど素晴らしいです。

あと、「アマデウス」という名前には「神に愛された」って意味があるそうです


  • サリエリも、宮廷作曲家である以上才能の持ち主ではあるけれど、それは「常識の範囲内の才能」だった……という考え方が腑に落ちています。






③呼吸を感じる演技力


F・マーリー・エイブラハム(サリエリ役)


そんなかわいいサリエリ先生を演じたのが、今作で主演男優賞を獲得したF・マーリー・エイブラハム

この作品で興味を持ったので名前すら初めて聞くぐらいだったのですが、調べてみると最近のものだとウェス・アンダーソン監督作品『グランドブタペストホテル』や『犬ヵ島』にも出演しているみたいです。


『グランドブタペストホテル』と『犬ヶ島』(ブタペストの方は左上から横二番目、犬ヵ島は樽の首輪の黒い犬ジュピターです)


『カッコーの巣の上で』の監督作品の主人公という大役には有名な俳優の名前も並んでいて、そもそもマーリーは(Fだとなんだか小説っぽいのでマーリーで)最初は小さな役で出演することが決まっていました。

というか『アマデウス』自体元は舞台で、イアン・マッケラン(『ロードオブザリング』ガンダルフ)、デヴィット・スーシェ(『名探偵ポワロ』ポワロ)など有名な俳優が演じていました。オーディションでも多くの有名俳優が大役を狙っていたそうです。

ですが、演出側は有名俳優を避けていました。

そしてモーツァルト役のオーディションの際、マーリーは相手役であるサリエリの代役を頼まれ、演じたところ演技力が高すぎて主役に抜擢されたそうです。


比べてみないとわからないとこもありますが、この人がサリエリで良かったです。この人じゃないとダメなんだ! と思うほどです。他の人の観たことないけど。


私は俳優の演技力の高さを図る時に、素人ながらも

  • 自然で、その映画に溶け込んでいるか(マッチしてたら呼吸さえ感じる。尊い)
  • 役より役者の方が輝いてないか(いわゆるスター。輝いてたらアウト)
  • その人以外が演じてもいい可能性があるか(他の人でも別にいいかなぁってなったらアウト)

 の三項目を考えてたりしてます(あとは感覚的に「これーっ!!」みたいな)。2、3番目に関しては私の知識量にもよるんですけれどね……。


マーリーの演じたサリエリは完全に三つクリアしているし、感覚的にもあああああ!!!!って感じでした。サリエリでした。サリエリ本人はもちろん、他の人が演じたサリエリやFGOのサリエリも知らないんですけど「これはサリエリだ、これがサリエリだ」と思いました。どのシーンを切り取っても素晴らしいです……。

歩き方、しゃべる時の手のしぐさ、視線の動き方などの動作も「真面目」「厳格」「規律」といった固いイメージがあって十分にキャラクターを表していると思うのですが、すごく良かったのが上記でも書いた「モーツァルトの楽譜を読んでいる時の演技」です。


シーンはモーツァルトの妻コンスタンツェが枯渇した生活費のためにサリエリに夫の楽譜をこっそり持ってくるところ。

サリエリは目の前にあるのがモーツァルト直筆の原譜であることに驚き、そしてそれが書き直しの形式が一切ないことに驚きます。そこから楽譜を読むのですが(何曲もある)、

その時の演技といったら……! 

モーツァルトの曲を、悔しいけれど素晴らしいと思わずにはいられないような複雑な感情をこんなにも自然に表現できるなんてすごいのではと思います。


安心できる配信元ではないし、前後のシーンを無視して一つのシーンだけ見せるのもあんまり気が向かないんですが、どうしても見てほしいので動画貼っときます。演技もさることながら、そこに流れるいくつもの音楽と、その時の感情に浸りつつ語ってくれる晩年のサリエリの演技も素晴らしくちょうどいいです。

台詞を大まかに言うと、〈楽譜がバサーッと落ちる〉コンスタンツェ「夫の作品はどうですか?」サリエリ「……奇跡的だ」コンスタンツェ「よかったわ!」って感じです。



そしてもう一つ良いのが、上の動画にも登場した晩年のサリエリの演技。


最初マーリーがサリエリ役でアカデミーを獲得したことを知った時、

「あのおじいちゃんは取らなかったんだ~」と思っていました。

自分が俳優の顔を中々判別できないのと、リアルすぎる老けメイクもあるのですが、その演技の仕方が違いすぎて晩年のサリエリは別の役者が演じているのかと思っていました。でもそのおじいちゃんも演技が上手かったので、「どうしてあの人は取らなかったんだろう。やっぱり審査員の見る眼はすごい的なあれかな」とか思っていました。

それぐらいに晩年のサリエリは、宮廷作曲長だった頃と比べて衰えていました。

口の動きや瞬きが多い動作は、おじいちゃん感すごいです。

でも、それでも手であの甘美な調べを追っていて、あの時の感動は覚えていて、それを反芻してはとても幸せそうな良い表情を浮かべるんです。でもモーツァルトへの嫌悪も覚えているので、彼が嫌いだったことを神父に語る時はクリスマスキャロルのスクルージみたいな顔をします。


晩年のサリエリ(F・マーリー・エイブラハム)


この映画は晩年のサリエリが過去を語る形で進む、よくある方法で構成されています。

なので晩年のサリエリの演技には、その時を思い返して感情に浸る必要があるんですが、これがめちゃくちゃ上手いです。なんでこんなに自然にできるんだと思う。

モーツァルトとのメインストーリーに挟むようにして、晩年のサリエリと神父の対話シーンがあるんですが、その回ごとに感情の突起があって飽きませんし、よくあるただのおじいちゃんらしい大人しい演技じゃありません。年老いてもその後悔の念やあの時の感動を引きずっていることがちゃんと感じられる演技なんです。あの頃のサリエリの面影を残して、おじいちゃんになっているんです!



そして演技力でいったらもう一人、モーツァルト役のトム・ハルス

マーリーがハマり役ですごすぎて演技力が測りにくいんですが、上手いです。安定と安心感を感じます。


トム・ハルス


彼の演技で特徴的なのは何といってもあの甲高くて品のない笑い声。

あれを初見で聞いたときはちょっとびっくりしました笑 宮廷内の人の様に、その場にいたらドン引きしてただろうと思います。この独特な笑い方にはトム・ハルス(トムというと別のトムが出てくるのでやめときます)本人も病んだそうで、しばらく治らなかったそうです。

他にもピアノと指揮を猛特訓して、演奏シーンは自分で演奏したり、最後の共同作曲シーンでアドリブを入れたりと、トム・ハルスの演技裏話は結構面白いです。

演技に工夫やリアリティを徹底するところがやっぱりプロだなぁ。こういうのはいつ見ても熱意がかっこいい……。

個人的に普段のおちゃらけてる時~酔った時・弱った時の表情の幅がすごくて、そこが好きです。「ガキ」としてかなりうざく描かれている天才にその一面があったからこそ、「モーツァルトもかわいい……」となりました。彼も尊い。

仮面舞踏会でピアノを弾くモーツァルト


そして、彼もマーリーと同じく、今作で興味を持った俳優でした。そこで色々調べたところ……

なんと……








ディズニーの『ノートルダムの鐘』の主人公カジモドの声優でした。


カジモド『ノートルダムの鐘』


私がサリエリ先生を好きになった入り口が、「ディズニーの『ノートルダムの鐘』のフロローと似てる」だったんですよね。


……。

はぁ……神様……。


運命じゃないですか……。 



フロローとサリエリ先生に対になるようにモーツァルトとカジモドが並べるなんて……。

なんかもう……すごい……。



なんなんほんと……(ありがとう、本当にありがとうございます。どっちの作品も大好きになりました大好きな作品増えましたありがとうノートルダムの実写化完成したら観に行くねさすがにカジモドトム・ハルスじゃないけど)

 


そして実はトム・ハルスも第57回アカデミー賞主演男優賞でノミネートされています(同じ作品から二人もノミネートされてる時点ですごすぎる。しかも2人とも「主演」で深い意味を感じて尊い)。

オスカーはマーリーが獲得したため惜しくも逃したのですが、その後のスピーチでマーリーは「とても光栄だけど、ここにトム・ハルスがいないことがただ一つ残念だ」と言ったそうです。なんなんもう。尊い。






④その煌びやかな世界観



さて、愛と尊さが深すぎて二人についてしか喋っていませんでしたが、ここからは全体的な話をしたいと思います。

そう、この映画の豪華絢爛な世界観についてを!



仮面舞踏会の様子(中央のユニコーンがモーツァルト)


まずは美術面。

時代設定は中世ヨーロッパで、舞台は結構良い階級の世界。なのですっごい装飾も建物の内装も豪華で煌びやかで芸術点が高いです(再現するの楽しそうだけど大変そうだなぁ)。

かつらをとっかえひっかえなモーツァルトはともかく、サリエリ先生は地味な方ですがそれでもスカーフやかつら、リボン、袖がひらひらしたシャツなどを着ています。この時代は男女関係なくレースやリボン、かつらを身に着けることがオシャレだったのでしょうか。贅沢で豪華だけど、どこか品が良くてかわいいですね。

この映画が尊すぎて今6ページ程のアマデウスマンガを製作中なのですが、モブ含めキャラクターたちの衣装を描くのが楽しいです。カツラで頭身が大変なことにはなるけれど。

仮面舞踏会も華やかさも21世紀に生きる私からしたらキラキラした絵本の挿絵みたいです。街の様子には熊使いみたいな人(当時は熊を使った芸や闘技があったと西洋の歴史(講義)で習ったような気がする)も通っていて、当時の再現も事細かに時代考証している点が伺えます。


でも『アマデウス』の美術面のすごいとこは時代に沿った装飾や衣装を作り上げただけではありません。


それに「使っている感」があるところです。


レース一つとっても、まっさら新品といった感じはなく、その「使ってる感」がその時代に生きていた人を丁寧に再現していると思います。だからこそキャラクター達の存在をリアルに感じます。

そう! これが! 大事だと! 私は思う!!

  • リアルと言えばろうそくの炎も本物だそうです。歴史ある木製のオペラ座で撮影した際、本物の蝋燭を使ったシャンデリアを吊るしたそうですが、建物周辺には常に大勢の消防士が待機していたそうです(よく許可下りたなぁ……)


オーストリア皇帝の前で演奏するモーツァルト


そして音楽!

これはもうモーツァルトが出てきている以上言うまでもなく力入ってます。

モーツァルトという超有名作曲家の音楽を贅沢ふんだんに使っているのはもちろん、トム・ハルスのピアノと指揮の猛特訓もすごいです。上にも出てきた舞踏会で、後ろ手で弾くシーンがありますが、それも彼本人です(すごい)。

私はクラッシックを若干聞くことあるかなぐらいの浅い知識しかないのですが、クラッシックやモーツァルトファンにとってはたまらないのではないかと思います。

実際私の祖母がクラッシック好きなので、『アマデウス』(祖母はリアルタイムで観てた)を通して話も出来るのが良いですね。

すっごく贅沢なBGMです。

  • ところで『アマデウス』が公開された時代に行ってみたいです。いっつも思うんですよね、「この映画が上映された年にバックトゥザフューチャーしたい!」って! 満席の映画館で映画観たいです。出来ればエンディングで拍手とかしてみたい。今って満席すら珍しいから……。


サリエリ先生がコンスタンツェに出したお菓子「ヴィーナスの乳首」


それと、お菓子!


栗とブランデーを使った『ヴィーナスの乳首』、先生がつまみ食いした『チョコのピエス・モンテ』、チーズに砂糖を入れてラムで香り付けした『マスカルポーネ』……サリエリ先生がお菓子好きなおかげでたくさん出てきます。

映画に出てくるお菓子っていいですよね~! 再現料理作るの楽しくて好きなんです……!

ここに出てくるお菓子も作ってみたい。でも『ヴィーナスの乳首』は栗が入手できるかわからないから、作るなら『マスカルポーネ』かなぁ……。

サリエリ先生がおいしそうに食べるのでめちゃくちゃ美味しそうに見えますね。

  • しかし『ヴィーナスの乳首』は撮影用のマジパン(砂糖とアーモンドを挽いて練り合わせた餡っぽいの)だったらしく、コンスタンツェ役のエリザベス・ベリッジはテイクごとに食べててしんどかったそうです。






⑤心臓を射抜かれた鎮魂歌〈レクイエム〉のシーン


最後、サリエリは信仰を捨て、モーツァルトを暗殺する計画を立てます。その計画はこうでした。

モーツァルトに鎮魂歌〈レクイエム〉の制作を依頼し、それが出来た後彼を殺害し、彼の葬式で(多くのウィーン市民が集まった葬式上で)さも自分の書いた曲の様に鎮魂歌を披露して、自分の力を知らしめる。

しかし、彼をどう殺そうか考えているうちにモーツァルトがコンサート中に自分からぶっ倒れます(退廃的生活と疲労により)。まぁやっぱりそこにいたサリエリは彼を馬車で彼の家まで運びこみます(この時モーツァルトの妻コンスタンツェは子を連れて家出してました)。

明らかに顔が死んでいるモーツァルトに、サリエリは上手くだまして鎮魂歌の制作をせかします。しかしモーツァルトはペンを持つ気力すらなく、サリエリは彼の鎮魂歌制作に協力することになるのです。


天才とプロの共同作業。モーツァルトが言うことをサリエリが楽譜に書き出していくこのシーンはめちゃくちゃテンションが上がります。

(最初はモーツァルトの発想スピードについていけなかったサリエリも、次第に追いついていきます)

モーツァルトの言う通りに譜面を完成させていくサリエリ


私はこの時のサリエリの表情がとても楽しそうに思えました。絶対相性が悪い二人の唯一の共通点である音楽が2人を繋げたのだと思います。


こう書くとありきたりな流れに見えますが、

この映画はそうじゃないです。そんな定番な、よくあるただの盛り上がりシーンとかじゃないです。


すごくリアルで人間的な要素、そしてそれまでのシーンが、それを保証してくれます。そもそもモーツァルトを追い込んでいるのはサリエリ本人です。ですがサリエリは偶然にもモーツァルトと共同で作業することになりました。殺すはずの相手と(自分が憧れた才能を持つ相手と)共に作業できることになったんです。そんなの、嬉しいに決まってる。

定番なものには出せない、すごく複雑で深い部分があります。でもちゃんと感情高まるシーンなんです。


曲が次第に出来上がっていくこと、そしてモーツァルトの死が近づいていることを表す演出が、共にこのシーンを盛り上げてくれています。

メイキングでは「動きのないシーン」としてこの作品をぶち壊す可能性もあるシーンだと脚本家のピーター・シャーファーが言っていたのですが、全然そんなことなかったです。むしろ、このシーンでそれまでの全てがぶわぁってなって「ああああああ!!! 2人が尊い!!!!!」ってなりました。

(なんて言ったらいいんだろう。『La La Land』の最後の二人の想像シーンでぶわああって感情が高まるあの感じ。なんて言ったらいいんだろう……。語彙力)

とりあえず、すごいです。


そうして朝になり、鎮魂歌も仕上げ前に入ります。その時、モーツァルトがもうかすれるような声でこう言うんです。


「……恥ずかしい」

「何が?」(サリエリ)

「馬鹿だったよ。あなたに嫌われてるかと思ってた。赦してくれ。

 赦して……」



死にかけのモーツァルト


この台詞は、紙への復讐を誓っていたサリエリに響いたのではないでしょうか。

そしてこれが、私の『アマデウス』に対する価値観が一変した原因でした。

だって……


このセリフはアカンて……!! ずるいよ……!!!!


暗殺を計画して追い込んで、モーツァルトにとってもはや死神的存在であるサリエリに向かって逆に「赦してくれ」はずるい!! 展開が神! でも無駄に飾らないのと盛り上げない感じが良い!! 上手い!! モーツァルトもほんとに馬鹿だよ! あとその前に言った「僕が眠る間いてくれる?」って台詞も破壊的すぎる!!! それまでがクズ過ぎた分余計に心臓射抜かれた! かわいい……!!!


その後、モーツァルトはコンスタンツェが帰ってきた後力尽きて死亡します(彼の死を見届けたのが妻と子どもとサリエリって良い)。そして葬式はサリエリの予想を外れてたった数人で行われ、モーツァルトは集団墓地へと埋葬されました。

  • ここでサリエリ先生の「モーツァルトの葬式は壮大でウィーン中の人々が集まる」予想が外れたことで、サリエリ先生がモーツァルトとめちゃくちゃ評価してたんだなぁというのがよくわかります。尊い。







⑥最後に


さて、ここまで書きましたが、調べれば調べるほど、深く考えれば考えるほどいろんな感想が出てきて面白いです。

正直この映画自体もはっきり表していない部分があって、最後のシーンに響いたモーツァルトのあの笑い声の意味も私からしては謎です。でもだからこそ、色々考えられるし、いろんな考えもあって、何度も何度も楽しめそうです。

もっと大人になってから(人生経験を積んでから)もう一度見たら、また見方が変わるのかな。楽しみ。


そして、この映画を観ると、史実におけるサリエリ本人についても考えてしまいます。

この物語はあくまで「噂」で、根拠のある証拠は見つかっていません。ですが、規模は分からないものの、当時噂は流行っていたと思います(映画みたいにのどを掻っ切ろうとしたとか、ただ噂に頭を抱えただけだとか……真実は分かりません)。

サリエリはどんな思いでモーツァルトの死後を過ごしたのでしょうか。彼はその後、モーツァルトの子どもに音楽を教え、モーツァルトの曲を演奏したこともあったそうです。どんな気持ちで演奏したのでしょうか。また、サリエリの教え子だったヴェートーベンやリストはサリエリのことをどう思っていたのでしょうか。

良い映画は想像を広げてくれるところも良いですね。


どこにも無いから購入してディレクターズカット版も鑑賞しました。含まれていた未公開シーンでサリエリの印象が変わったり、トム・ハルスの良い演技が観れたりして、面白かったです。でもディレクターズカット版じゃない方も欲しいです。比べて観たい。



では、もうここらへんで終わらそうと思います。

こんな勢い任せの感想を最後まで読んでくださった方がいたら、もうすごいと思います笑 もしいたら、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

『アマデウス』ガチ勢な人や映画評論(映画の感想文?)が上手い人からすると稚拙だったり「ちゃんと映画観てんの?」という内容かもしれません。勢いで描いた漫画に関してもそうです(またTwitterに載せようか迷っている)。でもそれも承知で書いてます。色んな意見が出るものなので、自分の意見も大切にしていきます。

でも、書いてもまだ尊さと興奮が止みません(どうしよう)。それほどこの映画は素晴らしい時間を与えてくれました。出会えて本当によかったです。グラッチェですね!


とにかく、今はもう一度サリエリ先生とモーツァルトに会いたくてたまりません。

最後まで読んでくれてありがとうございました!


(ら)


映画チア部京都支部

関西のミニシアターの魅力を伝えるべく結成された、学生による学生のための宣伝隊〈映画チア部〉の京都支部です。2018年5月発足

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