運命の誰か、あたしを掬って食べて
夏が終わって秋が来ます。夏と秋のあいだですね。
Twitterの #おかともの映画旅2019夏 に投稿した通り、この夏休みはたくさん映画を見たのですが
実は大事な思い出がもう一つ別にあります。
8月と9月で、ひたちなかのROCKIN ON JAPAN FESTIVAL・まんのうのMONSTER baSH・泉大津のOTODAMAの三箇所の夏フェスに足を運びました。
高校生の頃から邦楽ロックがだいすきだった私にとって、夏フェスにこんなにいけたのは夢のようで。
夏フェスのいいところは「名前だけ知っていたバンドをつまみ食いできるところ」にあると思います。
MONSTER baSHの時も、お目当のバンド以外は「つまみ食いしてやろう〜」「流し見してやろう〜」の気分で。
当日は雨も降っていたので、長い間テントの下に座っていました。
ステージから聞こえてくる音に耳をすませていると、マカロニえんぴつというバンドのステージから
「誰でもいいよ、あたしを潰して舐めて」
という歌詞が聞こえてきて。
びっくりしたのと同時にこれは直観的に
もう理屈ではなくて「ああ、いい」と感じました。
気付いた時には自然と腰を上げて、ステージの前に向かっていて。
一聴き惚れしたその曲の後半からは、もう彼らを好きになってしまっていました。
ブルーベリー・ナイっっ🔑#モンバス #モンバス2019 pic.twitter.com/jlsNEW5G1f
— マカロニえんぴつ (@macarock0616) August 24, 2019
帰宅後、歌詞に惹かれたのは“ブルーベリーナイツ”という名前の曲だということを知り
その曲を含むアルバム『LiKE』を聞き
マカロニえんぴつについてたくさん調べ
新譜である『season』も購入し、
12月のワンマンライブにも応募して。
マカロニえんぴつというバンドがあっという間に自分の生活の中に入り込んでくるなかで
嬉しい気づきが何個かありました。
一つは彼らのMVを知っている監督たちが撮っていたこと。
夏フェスでマカロニえんぴつを好きになってから MVを観ているのですが
— 映画チア部京都支部 (@moviecheerkyoto) September 10, 2019
『ブルーベリー・ナイツ』は井樫監督、 『レモンパイ』は枝監督、『STAY with ME』には縷縷夢兎のお洋服…といったように
MVに『21世紀の女の子』に関わっていた監督たちが携わっていることを知って!とっても嬉しくなってます✏
ツイッターにも書きましたが、『21世紀の女の子』に関係する方々のお名前が在って
とてもとても嬉しくなりました。
映画を見るのが趣味になってからというもの、バンドやアイドルのMVを見るたびに、誰が作ったんだろう?と気になることが増えました。
マカロニえんぴつのMVの概要欄には、関わった監督さんやスタッフさんの名前がきちんと明記されていて。
MVに関わるひとりひとりが大切にされているなあ、とっても素敵だなあと思いました。
そしてもう一つは『MY BLUEBERRY NIGHTS』という作品を知ったこと。
私のチア部日記を気にかけて読んでくださっている方はすでにお気づきだと思いますが
私は普段、殆ど洋画を見ません。
(そんな私、映画のえじきvol.3から洋画を見て文章を寄稿する『オカトモトカタカナ』という名前の連載を始めています。もし手に取る機会があればぜひ読んでみてください。)
ですが夏休みの忙しさがひと段落ついたので、レンタルして観てみました。
とっても大事な前置きなので、ここまでが長くなってしまいましたが
映画についてのお話は、これから。
物語は、恋人に心変わりされて傷心しているエリザベスと、カフェのオーナーであるジェレミーが夜のお店で話をするシーンから始まります。
エリザベスは、彼が自分から離れていった理由を知りたいと嘆きます。
そんな彼女にジェレミーは
「時には知らない方がいい それに理由なんて見つからないことも」
と答えます。
「パイやケーキと同じ 毎晩閉める時、チーズケーキとアップルパイは売り切れ ピーチ・コブラーとチョコレート・ムースもほぼ完売 でもブルーベリー・パイは手つかずで残ってしまう」
「理由なんてない パイのせいじゃなく 注文がない 選ばれないだけ」
このやりとりを見たとき
『いちごの唄』でコウタのお父さんが言っていた
「自転車に罪はないぞ」という言葉を思い出していました。
ジェレミーとコウタのお父さんのセリフは、肯定でも否定でもないのかもしれないし、どちらでもないことそのものに意味があるのかもしれません。
私も、自分の人生や人間関係の中において、必要以上の、蛇足的な因果律を勝手に構築して悩んでしまうことがよくあります。
そんな時、ジェレミーのような、そっと言葉にしてくれる人がそばに居てくれたらとても素敵だろうなと感じたりしました。
その後、エリザベスは彼と過ごしたNYを離れ、メンフィスでの生活を始めます。
昼はダイナー、夜はバーで働き始めた彼女は
働き続けることで彼のことを忘れることができるようになります。
そうして生活する中で、彼女に新しい出会いが。
バーの常連アーニーとその元妻のスー・リン。
この2人の関係性は物語の中で一番涙してしまう部分でした。
とある理由で「チップの王様だ」というアーニーの台詞
スー・リンが店を出て行く背中を見て涙するアーニーの表情
「この場所で出会ったの」と肩を震わせながらエリザベスに過去を吐露するスー・リン
一つ一つのシーンがほんとうに、苦しくて辛くて。
私もつられてボロボロと泣いてしまいました。
愛の重さは測ることができません。
できないから相手を傷つけてしまうことも、ほんとうによくあります。それは恋愛に限った話ではなくて。
愛する尺度の違いを考えさせられました。
数ヶ月経ち、エリザベスは場所を変えカジノで働き始めます。
こちらでもレスリーという女性との出会いが。
彼女からエリザベスは「誰のことも信じるな」ということ
「常に勝つことはムリ 人には勝てても運には勝てない」ということ
色々なお話を聞きます。
でも、人を信じていないレスリーも
ベガスまでの道のりを「独りは寂しくて」とエリザベスについてきてもらうなど
どこかやっぱり人間らしさはきちんと有って。
2人が車で別れるシーンは、かっこよくて少し切なくて。グッときました。
「他人は鏡のような存在ね 自分を知るための手がかり 他人の姿に自分を映すのよ」
と終盤にエリザベスのナレーションが入ったように
彼女はNYを離れてから、大事な人を失う人たちと出会ってきました。
映画を観ながら、大事な恋人と離れてしまったエリザベスと、彼女が出会った人々の境遇は似ているな、なんて感じたりもしました。
ですが、どれほど似たような境遇の人に出会っても、経験は一生その人個人が持つ実存なのです。
あの人の孤独を私が受け入れることも、私の孤独をあの人が受け入れることもできない。
鏡に自分を映すように、人と出会い、自分が変わるしかない。
言葉にすると本当に月並みですが、そのことがとても丁寧に描かれていました。
ラストのシーン。
ジェレミーがエリザベスからの連絡を受け
彼女が来るのを外で待っていたこと。
ジェレミーが、最後にエリザベスと会った時のテープ(店内に設置した防犯カメラで録画した)を何度も繰り返し見たと告げるところ。
カフェでのシーンはどれも本当に胸がギュっとなる、素敵な演出ばかりです。
今まで恋愛映画を観て感動すること・考えさせられることはあっても、描かれる2人の関係性に純度100%で憧れることはありませんでした。
でもこの映画を観て私もこんな風な恋愛がしたいな、と心の底から思いました。
最後の最後、ほんとうに胸がぎゅーとなるので、必見です。
この夏、マカロニえんぴつを知って、この映画の存在を知って
映像と音楽がとっても胸を縛るのに加えて、セリフも今の私にすごく刺さって。
今出会うべき映画だったのだなあ、今出会えてよかったと思いました。
観終わったあと、帰り道は“ブルーベリーナイツ”を何度も繰り返し聴きながら歩いて帰りました。きっとずっと忘れない夜。
はっとりさん、どうもありがとうございます。
とても、とても愛おしい映画でした。
映画チア部京都支部 岡本
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